まるでスパイ!細菌に感染するウィルスが、細菌同士の会話を盗み聴き

サイエンスニュース

細菌に感染して破壊するウィルスのことをファージといいますが、このファージの中に細菌同士の情報のやり取りを盗聴して、破壊する時期を調節しているものが発見されました。このファージは、様々な細菌に感染する性質も持ち合わせていることから、細菌性の病気に対する新たな治療法として応用できるかもしれません。

見つかったVP882は、ウィルスです。ウィルスは生きていると言えるのかどうかが議論にのぼるほど単純な遺伝情報を持った存在です。細菌のように完全に独立した生物でもないにもかかわらず、感染した細胞の能力を拝借することで増殖することができます。そんな単純なウィルスVP882が複雑な機構である、分子メッセージのやり取りを感知する能力を持っているというのです。更には、読み取った情報を利用して、感染した細菌を最適なタイミングで破壊しさえすると言います。

研究した科学者たちは、ウィルスがこのような能力を持つことなど、発見するまで想像もできなかったと言います。

ファージが病気に効く?

ウィルスと細菌は共に病気を引き起こす病原体として知られていますが、別の種類のものです。細菌は単体で生き、増殖することのできる独立した単細胞生物です。一方、ウィルスは遺伝子を運ぶDNAあるいはRNAとそれを格納する殻でできていて、他の生物に感染することによってでしか増えることができません。そのウィルスの中でも、細菌に感染するもののことをバクテリオファージ、略してファージと言います。

ファージは、細菌を殺すことができるため、抗生物質が発見されて幅広く使われるまで、細菌性の病気の治療法に使えるのではないかとして研究されていました。現在も国によっては、治療のためにファージを組み合わせて処方するところもあります。ここに来て、ファージが注目されるようになったのは、抗生物質が効かない、多剤耐性菌・スーパーバグの存在が驚異となって来ているからです。

細菌をスパイするファージの発見

VP882は、2009年にコレラ菌に感染するウィルスとして発見され、そのDNA配列が、データベースに保存されていました。プリンストン大学の大学院生ジャスティン・シルプは、このデータベースでDPOと呼ばれる分子の受容体の遺伝暗号を持ったものがいないかを調べているときに、VP882を見つけました。DPOは、クオラムセンシングと呼ばれる、同種の細菌同士でその生息密度を感知するために使われている情報伝達分子です。つまり、この分子をやり取りすることで、近くにいる同胞と「会話」しているのです。

シルプ氏はこのDPO受容体が他の細菌でも見つかるのではないかと考えて、データベースを探していたのですが、代わりに、思ってもいなかったウィルスを見つけました。DPOは細菌が情報伝達をするための分子です。それをウィルスが持っていたのです。一体何をしているのだろう?と疑問に思ったと言います。

Photo credit: elmer.o on Foter.com / CC BY-NC-ND

そこで、実験を行ったのですが、まず、気づいたのが、DPOを含まないコレラコロニーでは、VP882とコレラ菌は平和に共存しているということでした。そこで、この平和なコロニーにDPOを加えてみました。すると、コレラ菌は皆死んでしまったのです。つまり、DPOに反応してVP882がコレラ菌を殺したのです。確認のために、VP882の持つDPO受容体に変異を入れて働かないようにしたところ、コレラ菌を殺さなくなりました。

VP882は、DPOを感知することで周囲に存在する菌の密度を認識し、ウィルスが拡散できるとわかった上で、増殖を開始しているのです。それまでは、鳴りを潜めて細菌が増えるのを待っているのです。

ファージ療法に有望な特性

VP882には、他にも素晴らしい特徴があります。それは、プラスミドとして振る舞うということです。プラスミドとは、細菌の持つ大きなゲノムDNAとは別の、小さな遺伝子担体です。プラスミドは、細菌間で容易にやり取りが行われています。そのため、様々な種類の細菌へと潜り込むことができます。

通常ファージの宿主は一種類の細菌です。そのため、ファージを治療に使うには、複数のファージのカクテルを準備する必要があり、そのコストは高くなります。しかしプラスミドとして振る舞うVP882は、あらゆる種類の細菌へと感染できる可能性があります。そのため、準備するファージが1種類で良くなりファージ療法に革命がおこるかもしれないのです。さらに、プラスミドは遺伝子工学による改変が容易であることも有望な理由の1つです。

実験室での研究では、大腸菌やサルモネラ菌へと対応したこのファージを作って、殺すことに成功しています。しかし、自然界でVP882の宿主となっているのはコレラ菌だけで、その理由はわかっていません。そのため、実際に研究者たちが思っているようにうまくいく補償はないのです。とはいえ、遺伝子改良しやすく、拡散するタイミングの図れるこのファージが有望であることに変わりありません。

感染相手の細菌の情報を盗聴するバクテリオファージ。驚きの能力により、多剤耐性菌に対する切り札になり得る可能性を持っています。今後の研究に期待しましょう。

参考記事: Scientific American

 

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