コウモリから身を守るために、超音波を発する蛾

蛾 生物学

よく晴れた夜空は星の他にはなにもなく、私達にとっては静かで平和に見えるかもしれません。しかし、このような夜想曲のような世界でも、私達の聴覚が及ばない所では、高周波の不協和音で満ちています。コウモリは高周波パルスで闇を切り裂き、反響音で周囲の地図を作ることができますが、コウモリの好物である蛾(ガ)にとってみれば災難でしかありません。

しかし、すべての蛾が無抵抗な餌となるわけではありません。蛾の中には、自らが超音波信号を発信して、コウモリを驚かせ、追跡を回避するものもいます。苦い毒を持った蛾の多くは、ひどい味であることをコウモリに警告するために独特な超音波を発して、捕食されることを逃れます。あるものは、ソナーを妨害して安定化させる音響の殻に隠れることで、コウモリのエコーロケーションから見つかりにくくなります。

コウモリ

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効果的ではあるのですが、蛾のこういった種類の音響防御機構は、比較的まれなケースであり、ヒトリガ、スズメガ、シャクガの一部だけのものであると考えられていました。しかし、「Proceedings of the National Academy of Sciences」で発表された新たな論文では、超音波を発する蛾は考えられていたよりもずっとたくさんいて、音を出す器官として3つの新たなものがあり、8つの新しいサブファミリーが加わって数千種類の蛾が、リストに上る可能性があることが示されました。

「それをやっているのは、ヒトリガやスズメガだけではありません。たくさんの蛾がちょ音波を発しており、私達はそのことについてほとんど何も知らないのです。」と著者でフロリダ自然史博物館の鱗翅類と生物多様性のためのマクガイアーセンター館長河原章人准教授は述べています。

研究者たちはまた、これらの超音波が蛾の種間でどのように集中しているのかを理解したいと考えました。毒を持たない蝶が、美味しくない種の羽の模様や色を模倣するように、毒による恩恵を受けていない蛾は、本当に美味しくない蛾のピッチや音色を真似する可能性があります。

エクアドル、フランス領ギニア、モザンビーク、マレーシア領ボルネオで10年以上数千の蛾を集めて研究した後、研究者たちはエクアドルで最後の2週間を過ごし、手に入るすべての蛾の警戒音を録音しました。その後、理論物理学者の助けを借りて、これらの録音を機械学習アルゴリズムで個々の音色を詳しく解析して、共通するものを探しました。

音波

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プログラムが明らかにしたのは、少なくとも今までは、他の研究者たちが推測するしかなかったものでした。それは、蛾の種は個々に独自の特徴やスタイルを持った、独立した作曲家として振る舞っているのではないというものです。そうではなく、少ない種類の蛾が独自の作曲を生み出し、他の蛾は複合的に音響を模倣した音として複製しているようです。

筆頭著者でボイシー州立大学の生物学教授ジェシー・バーバー氏は、これらの音の正確な特性を明らかにするにはもっと研究が必要と述べていますが、これらの音の中心にいる先駆的な蛾は、毒性があるもののようであり、それを縁取るモノマネ蛾は単なる偽広告に過ぎないのでは無いかと考えています。

「蛾と蝶は、合わせると地球上で最も多様性のあるグループであり、名付けられた10の動物の中の一つは蝶か蛾です。今回の結果を広く見るとするなら、地球上で最も大きな模倣複合体のセットと言えるでしょう。」

これらの超音波警告システムは、コウモリを避けるために非常に有効であるようなので、多くの離れた場所で独立して進化してきたのでしょう。それぞれの場合で、蛾たちは、体の異なる部分を変化させて、よく調律された生物楽器にしています。

「ヒトリガは内側と外側に曲がる「ティンバル」と呼ばれる構造を持っています。あるものは、翅の上にある構造を使い、あるものは腹部を、そしてあるものは、変形した生殖器を使います。」

蛾がコウモリよけとして使っているいくつかの異なるクリッカーやスクレイパーといったものが紹介されるのは、この論文が初めてです。カルパイン蛾の一種もこれに含まれ、腹部の重なった殻をこすり合わせることで音を出すのは、コオロギが鳴くありさまに似ています。メイガと呼ばれるグループの一種は、翅の間にあるギターのピックに似た構造で音を出しますが、この蛾たちが戦っている時にかき鳴らされます。

ピック

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コウモリよけの信号は、蛾だけに制限されるものではありません。ハンミョウは、上翅に下翅打ち付けることで防衛的なクリック音を鳴らすことができます。他の昆虫でも、キリギリスやコオロギ、カマキリはコウモリが来るのを聞き分けることができます。バーバー氏が記していることによると、まだわかっていない能力で、追跡者とコミュニケーションを取るものもいるかも知れないということです。しかし、およそ40%の昆虫は現在、絶滅の危機にひんしていて、そのスピードは研究者が新種を発見して名前をつける能力を凌駕しています。非常にありえる可能性として彼が警告するのは、この超音波の合唱が、それを聞いてその意味を理解する前に、静まり返ってしまうかもしれないということです。

「これらの模倣複合体は蛾だけに限定されるものではなさそうです。夜行性昆虫の生態の全体像がおそらく含まれるのですが、自然界を理解する機会は失われつつあります。とても多くの系統が絶滅しかけているので、生物学の黄金時代もおしまいになりそうです。今やれば、生命が見せてくれるものをまだ理解できます。」とバーバー氏は述べています。

参考記事: Phys.org

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