親が切り替えた行動の遺伝子スイッチがそのまま子供に4世代にも渡って受け継がれることがわかりました。
親が覚えた英単語を子供が産まれながらに記憶しているなんてことはありません。学習が遺伝するなんてことは無いと考えられています。しかし、新たな研究で、線虫が病原菌を避けるようになる学習された行動が、複数世代にわたって遺伝することが発見されました。線虫C.elegansを使ったプリンストン大学の研究は、「Cell」で発表されています。
環境に適応するために遺伝子スイッチを変えるエピジェネティクス
生物の特徴は遺伝子に刻まれていて、卵や精子を通じて次の世代に受け継がれていることはよくわかっています。これらの遺伝子はDNAの塩基配列として記録されており、特徴が現れるかどうかは、その配列が正しいかどうかによっています。しかし、他にもエピジェネティクスと呼ばれる遺伝様式があります。エピジェネティクスでは、DNAの配列は同じなのですが、DNAが折りたたまれる構造が変化することで遺伝子のスイッチが切り替わり、遺伝子発現の仕方が変わるのです。エピジェネティクスが起こる要因は、温度や栄養、環境ストレスといった外部からの刺激です。
例えば、線虫C.elegansは、飢餓や高温によるストレスに反応して複数の遺伝子発現量が変化します。これらの変化は遺伝子が書き込まれている領域のDNAがどれだけきつく折りたたまれているかに対応しています。DNAが折りたたまれていると、そこに書き込まれている遺伝子の転写が阻害されるので遺伝子スイッチがオフになります。あるいは、転写機構に関わる因子が壊されたり、隔離されたりします。
エピジェネティクスが次の世代にまで遺伝することがある
こういった変化が、生殖細胞でおこると次の世代にまで受け継がれる可能性があります。研究によると、C.elegansでは、飢餓や高温ストレスへの適応が次の数世代にわたって遺伝することが示されています。しかし、もっと複雑な表現系である、行動の変化が次の世代に受け継がれるなんてことはあるのでしょうか。
「危険な餌を避ける」学習された行動が遺伝する
C.elegansは、野生では多くの種類の細菌を食べて生きています。しかし、細菌の中には線虫に感染して殺すようなものもあります。そういった細菌の一つが緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)です。線虫は、最初は緑膿菌に寄って行きます。しかし感染することで避けるようになります。もし避けなければ数日で死に絶えることになるでしょう。
ムーア博士と共同研究者たちは、このC.elegansの忌避行動が次の世代に受け継がれるのかどうかを調べました。すると、親虫が緑膿菌を避けるように学習すると、子孫も避けるようになることがわかりました。子孫は、緑膿菌に近づいたことがないので、本来なら最初は惹きつけられるはずですが、その行動は最初から上書きされていました。この遺伝は、驚いたことに4世代も続きました。しかし、5世代目になると再び緑膿菌に惹きつけられるように戻ってしまいました。
シグナルの発現量の増加が鍵
この遺伝が起こるためには、親虫が一度緑膿菌を食べて病気になる必要があることが突き止められました。緑膿菌の匂いを嗅ぐだけでは忌避行動を引き起こすには不十分でした。忌避行動の遺伝には感覚神経の伝達系が重要な役割を果たしていました。親虫でも子虫でも、忌避行動には、いくつかの神経で発現する遺伝子の調節因子が関わっていました。中でも、TGF−βシグナル因子であるdaf-7の発現上昇が母親で起きていることが、子供に忌避行動が遺伝するためには必要でした。
学習された行動が遺伝するには、小さなRNAの一種であるpiRNAが必要です。piRNAは世代間で受け継がれるエピジェネティクスに関わっていることが分かっています。piRNAと関わっているタンパク質であるPRG-1が、子孫においてdaf-7の発現が高まるために必要であることもわかりました。
5世代でもとに戻る利点
重要なのは、daf-7のASI神経での発現上昇が4世代にわたって続き、5世代目では元に戻ったことです。同時に緑膿菌への忌避行動もおさまっています。
病原菌を避けるという性質が受け継がれるのは、進化の視点でも有利に働く特徴です。さらに、5世代目で元に戻るという特徴も有利に働いています。というのも緑膿菌が病原性を持つのは、温度が高い時だけであり、温度が下がれば普通に食べ物として利用できるからです。病原体としての脅威が一時的なものだとすれば、遺伝的に受け継がれる世代が限定されていることで、再び緑膿菌を食べることができるようになるのです。
参考記事: Phy.org
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