人工培養で作られた、小さな臓器であるオルガノイドを使って、人間の脳がどうして他の類人猿よりも大きくなるのか研究が行われました。その結果、ZEB2と呼ばれる遺伝子が遅く発現することによって、脳オルガノイドが大きくなることがわかりました。
およそ500万年前から、800万年前にヒトと他の類人猿は同じ祖先から分かれて進化しました。
分岐した後のある時期に、ヒトは脳を大型化させるように進化しました。
現在、ヒトの脳は最も近縁種であるチンパンジーの脳の容積の3倍あります。
「ヒトの脳が特別なのはなぜなのか?」という質問に対して、「Cell」に発表された今回の研究を行ったMRC分子生物学研究所の研究者、シルビア・ベニト・クウィエシンスキー博士は、「その大きさである」と答えるでしょう。
大きな脳が進化する選択圧があり、実際大きな脳と私達の優れた認知機能の間には何らかの関連性があると思われます。
考古学ではヒトの脳が2倍になった時期は、260万年前から11700年前の間と考えられていますが、その時期の化石がすくないことから、簡単にはその謎を解き明かせていません。
しかし、現代の技術を使えば、私達の脳の発育が他の類人猿とどのように異なっているのか、見ることができます。
ヒトや類人猿の脳の表層領域は、発生の初期段階に急速に増加するので、違いは妊娠直後の早い時期、まだ脳細胞へと分化する前に生まれるのではないかと考えられています。
しかし、発生の初期段階の胎児の脳を調べる方法がなかったため、脳のあらましが決まった段階以降の神経を研究するしかありませんでした。
しかし、実験室で培養でき、器官の実験系となれるオルガノイド技術が生まれたことで、初期の脳を調べることができるようになりました。
オルガノイドとは万能細胞から作られるミニ臓器のことです。
研究者たちは、脳のような構造を持った「脳オルガノイド」を、どのような細胞にでもなれる幹細胞から誘導して作ることができます。
もちろん、脳オルガノイドは脳そのものとは違うものですが、その類似性は印象的で、今までに作られた脳オルガノイドでは、独自に血管を持ち、脳波を発したものもあります。
今回の新たな研究では、チンパンジーとゴリラ、そして人間のミニ脳を実験室で作りました。ゴリラの脳オルガノイドが作られたのは今回が初めてです。
培養のスタート地点は、杯様体と呼ばれる万能細胞の3次元の球体です。これは、脳発生の初期段階を模倣しています。
妊娠後1ヶ月程度に相当する段階で、幹細胞は脳細胞へとは分化していません。
それを、ゲルマトリックスに置いて、最終的に脳細胞へと分化する幹細胞である神経前駆細胞へと分化させています。
ベニト・クウィエシンスキー博士によると、最終的な神経細胞の数は、作られた前駆細胞の数に依存しているということです。
つまり、前駆細胞が分裂によって増えると、最終的な神経も増えるということです。
前駆細胞は、円筒形をしていますが、成熟すると伸びて紡錘形となります。
紡錘形の細胞の分裂サイクルはずっと遅くなり、最終的には完全な神経へと分化します。
研究者たちは、ヒトの脳では神経前駆細胞が、紡錘形細胞へと成熟するまでにチンパンジーやゴリラの脳よりも2日ほど長くかかっていることを発見しました。
ヒトの脳では紡錘体細胞への移行が遅れるのですが、その間も前駆体細胞は分裂して増えるので他の類人猿よりも最終的な神経細胞が多くなり、その結果、脳自体が大きくなるのです。
なぜ、この遅延が起きるのかを調べるために、研究者たちは、異なるオルガノイド脳における、初期発生期の遺伝子スイッチのオンオフを見てみました。
すると、ZEB2という遺伝子が、ヒトの脳オルガノイドよりも早い時期に、ゴリラの脳オルガノイドでオンになることを発見しました。
ZEB2は前駆細胞から紡錘形細胞へと形を変えるための調節因子のようなのです。
そこで、ゴリラのオルガノイドでの前駆細胞でZEB2遺伝子の活性化を遅らせたところ、紡錘形の細胞への移行が長くかかるようになり、ゴリラのオルガノイドの細胞の成長が、あたかもヒトのオルガノイドでの細胞の成長のようになりました。
逆に、ヒトのオルガノイドでZEB2を早めに活性化したところ、反対のことがおこりました。
ゴリラのオルガノイド内の細胞のように、ヒトのオルガノイド内の細胞が振る舞うようになり、前駆細胞が早い段階で紡錘形の細胞へと変化したのです。
人類が類人猿と別れた後どれくらいで、この遺伝子発現の変化が始まったのかはわかりませんし、関連する他の遺伝子もわかりません。
ベニト・クウィエシンスキー博士らは、ZEB2遺伝子の発現を調節しているものが何かを知ることを現在、望んでいます。
そして、なぜヒトでは類人猿よりも発現が遅くなるのか、知りたいと望んでいるのです。
映画、「猿の惑星」では、脳を強化して知性化した猿たちが、地球をのっとってしまいます。
この研究って、もしかしたらその布石になっているのかもしれませんね。
参考記事: LiveScience
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