サルの初期胚にヒトの万能細胞を移植することで、ヒトとサルのキメラ胚が作られ、ペトリ皿の上で最大20日の間生存させることに成功しました。医療の発展に役立つ新たな実験モデルとしての可能性や、移植臓器の提供など、この分野が提供するメリットは多そうですが、倫理的な問題はないのでしょうか。
中国とアメリカの研究者たちが、マカクザルの初期胚にヒトの幹細胞を注射し、そのキメラ胚を最大20日の間、発生を進めることに成功しました。
この研究は、倫理的には心配な面もありますが、発生生物学や進化生物学にとっては新たな洞察を生み出す可能性があります。
また、ヒトの生物学や病理学研究の新たな実験モデルとしての意味合いも含んでいます。
研究は科学雑誌「Cell」の4月15日号に掲載されました。
ヒトを対象とした実験は、他のモデル動物のように自由にできるわけではありません。
しかし、ヒトのサルのキメラを使った実験モデルができ、生体内部での実験が自由にできるようになるとすれば、ヒトの生物学や医学にもたらすインパクトは計り知れないでしょう。
哺乳類における種をまたいだキメラは、1970年代にげっ歯類の間で作られていらい、初期発生の研究を目的として作られ続けています。
今回の実験が可能になった背景としては、昨年、共同研究を行っている中国の大学チームが、サルの胚を長期に渡って体外で生存させ、育てることに成功したことです。
今回の研究では、サルの6日胚が作られ、そこに25個のヒトの万能細胞が注入されています。
万能細胞は、胚組織にも胚外組織にも分化する能力があります。
注射の翌日、132個の胚の中にヒトの細胞が確認されました。
10日後、103個のキメラ胚が発生を続けていました。
その後、生存数は減り始め、19日後には3つの胚しか生き残っていませんでした。
重要なのは、時間が経過しても胚の中のヒト細胞の割合は高いままであったにもかかわらず、成長を続けたということです。
他の系統的にヒトと遠い種とのキメラを作る場合、ヒトの細胞がこのように効率的に溶け込むことはありませんでした。
系統的に近い種を使うことで、キメラ作成時の進化的な障害を見つけ、それを克服するための洞察が得られると、研究者は述べています。
研究では、サル由来の細胞とヒト由来の細胞両方において、総括的な遺伝子発現パターンの解析も行われました。
その結果、キメラ細胞の間に、今までなかった新規の細胞シグナル経路や、強化された経路が見つかりました。
キメラ細胞での細胞間コミュニケーションにどの経路が使われているのかがわかれば、その経路を通じて、もっと系統的に遠い種との間のキメラ化の効率を上げることも可能となるだろうといいます。
なので、重要な次のステップは、異種の細胞間で行われる細胞間コミュニケーションの経路を詳しく研究して評価し、どの経路が発生過程で重要となっているかを見つけることです。
長期の目標としては、このキメラをヒトの初期発生の研究や病理モデルとして使うだけでなく、製薬研究におけるスクリーニングへの活用や、移植用の細胞、組織、器官を作れるようにすることです。
ヒトの万能細胞をサルの胚に注射することに倫理的な問題はないのでしょうか。
研究の責任者であるベルモンテ教授は、研究を倫理的、法律的、社会的ガイドラインに従って賢明に行うことは科学者の責務だとしており、研究を始めるにあたって、倫理的なコンサルティングや評価を受けた上で行っているとしています。
今回の研究は、実験室の培養皿の上で行われたものであり、子宮内で育てるところまでは行っていません。研究が進んで、進化的な障壁が克服された場合、ヒトの細胞を多く含んだ胚が子宮に戻されて育てられる可能性もあります。
移植用の臓器を作ろうと思えば、それは避けて通れないようにおもえるのですが、その場合、生まれてくる生物は一体何なのでしょうか?
参考記事: Phys.Org
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