個人にとって、言語は覚えるもので後天的なものだと考えられますが、その言語そのものはどのようにして生まれたのでしょうか?生まれつき持っている言語回路のようなものから派生した可能性はないのでしょうか?
アフリカに住むミドリザルとベルベットモンキーは、350万年前に枝分かれした種ですが、危険に瀕した時に発する「生まれつき持っている語彙」を共有していることが、巧妙な実験によって明らかにされました。研究は、「Nature Ecology & Evolution」で発表されています。
この研究では、危険に瀕した際に霊長類が引き起こす反応がどのようなものかが明らかにされただけでなく、それが言語の構成要素になっていることを示しています。
アフリカのサルが持つ危機を知らるための語彙
アフリカ東部のサバンナに住むベルベットモンキーは、危険に応じて3つのはっきりした語彙を使い分けています。その危険とは3種の捕食者、ヒョウ、蛇、そして鷲です。その叫びを聞いた周りのサルたちは、捕食者の姿が見えなくても危険に応じて異なる反応をします。ヒョウへ警戒の場合は、木に登り、蛇への警戒の場合は動きを止めて二足で立ち、鷲への警戒の場合は隠れ場所を探しながら空を見渡します。
それはまるで偵察兵が「動くな、蛇だ!」とか、「地面から離れろ、ヒョウだ!」と叫んでいるかのようです。
30年前に見つかったこの発見は、これらの警戒音が原始的な言葉であるのかどうか、といった議論を巻き起こしました。また、この音声が一体どこから来たものかという疑問も生まれました。若いサルが模倣によって学習したものでしょうか?それとも遺伝子に刻まれている音なのでしょうか?
ドローンを使って謎を解く
ドイツ霊長類センター(German Primate Center)が行った新たな研究はこの謎を解くために行われました。対象となったサルは、彼らが10年以上観察を行っているセネガルのミドリザルの集団です。
ミドリザルもベルベットモンキー同様、警戒に際して使用する語彙をもっていて、ヒョウと蛇に対応する警戒音を出すことができます。しかし、猛禽類に対する驚異をミドリザルは持っていないので、鷲に対する警戒音を持っていません。
研究者たちはダミーの鳥人形でミドリザルを脅かしたのですが、効果はありませんでした。鷲の模型を使ったあらゆる実験に対して、声を出すことはなかったのです。
そこで新たな手段を講じました。
ドローンを使ったのです。ミドリザルの上空にドローンを飛ばして、彼らが体験したことの無い驚異が迫っている演出をしました。上空60mを飛ぶドローンに対する反応は即座に生まれました。警戒音を叫びながら、隠れ場所を求めて走り回ったのです。
その警戒音はヒョウや蛇に対するものとは違っていました。それはむしろ、アフリカの反対にいるベルベットモンキーが発する、鷲に対する警戒音に似ていたのです。
ベルベットモンキーとミドリザルの警戒音 Credit: Franziska Wegdell
空への警戒音は種の間で保存された先天的なものだった
350万年も前に分岐したにもかかわらず、警戒音を発する構造は基本的に同じだったわけです。つまり、空を飛ぶ驚異に対する警戒音を発する仕組みが、保存されていた事になります。
鷲に対する警戒音は、実のところ鷲だけに対応するのではなく、もっと広い「空を飛ぶもの」に対応するもののようです。
研究者たちは、サルが示した生まれ持った警戒音が、人間の赤ちゃんが立てる声のようなものだと推測しています。赤ちゃんは言葉を覚える前に様々な声を立てますが、それは生得的なものです。
ヒトは、この生得的な語彙を超えて学習し、新しい意味に対して関連する新しい音を生み出して来ました。しかし、様々な文化や学習の根底には、サルが持っているような本能的な反応が残されているのです。
言語を学習している時、その単語を最初に考えた祖先はどんな経緯で、その音の組み合わせを作ったのだろうと不思議に思うことがあります。比較的新しい単語は、古い単語の音の組み合わせだったりするのでわからなくは無いですが、言語の根幹を作っているもっと起源の古い言葉だとさっぱりです。しかし、今回の研究から、原始的な語彙が遺伝子に刻まれた本能的な回路から生まれていることが示されました。言語の大本は、遺伝子に刻まれていたんですね。
参考記事: Phys.org
コメント