生物学者が、自然の生物細胞の機能をもった、人工細胞の開発に成功しました。この人工細胞の細胞膜は、脂質ではなくプラスチックでできており、核と同等の機能を持つDNAを含んだゲルを内蔵しています。そして、リボソームのような必要な物質が供給されることで、タンパク質の合成を行うことができる上、細胞間で情報の受け渡しさえできるのです。
人工細胞の意義
人工細胞を作ることは、合成生物学者たちの悲願です。生物の持つ細胞内小器官であるリポソームは人工的に作られ、薬剤をターゲットに運ぶために使われたりもしています。しかし、人工細胞が実現化されれば、それはリポソームよりも環境に敏感に反応でき、もっと複雑な機能をもたせることもできます。将来、薬の運搬だけでなく、ガン細胞の破壊や、毒物の検出、様々な診断テストの精密化に役立てることができるでしょう。細胞を並べて組織にすることで、環境に柔軟に対応できる新素材を作ることもできます。
人工細胞の作り方
人工細胞を作るにあたって、カリフォルニア州立大学サンディエゴ校の生化学者ニール・デバラージ氏らが材料として使ったのは完全な人工物です。作り方はこうです。
- 顕微鏡サイズの液体で満たされた導管を持つマイクロチップを使って、原材料であるDNA、泥から取られた無機物、アクリルポリマーの原料であるアクリル酸分子を含んだ溶液を押し出して水滴にします。
- 紫外線と化学物質で処理すると、水滴の周りに小さな穴の空いた膜が形成されます。
- 無機物とDNAは水滴内でソフトコンタクトレンズのような質感のゲルへと凝縮し、核のような器官になります。
人工細胞はタンパク質を合成できる
こうしてできた人工細胞は、タンパク質の合成という生物の基本的な機能をもっています。細胞が持つDNAにはGFPと呼ばれる蛍光タンパク質の遺伝子が書き込まれています。タンパク質合成に必要な酵素やリボソームなどをこの人工細胞の溶液に加えると、細胞の穴を通って、これらの物質が遺伝子情報を持つDNAまで浸透し、タンパク質合成が始まります。そして蛍光タンパク質GFPが作られるのです。
人工細胞は情報の受け渡しができる
また、この人工細胞は、細胞同士で情報の受け渡しができます。人工細胞としては、GFPを作れる合成細胞と、GFPとして放出された「情報」を受け取る受容細胞が作られています。受容細胞には、GFPを受け取ってくっつける罠のようなDNAが含まれています。合成細胞に受容細胞を混ぜて、GFPの合成を行わせたところ、受容細胞にGFPが蓄積し、蛍光を発するようになることが確認されました。つまり、この2種の細胞間で情報のやり取りが成功したのです。
続いて、GFP合成をうながすタンパク質をつくる合成細胞と、GFPを合成するようにした受容細胞で同様の実験を行ったところ、受容細胞がGFPを合成しました。つまり、人工細胞同士でのタンパク質信号による情報の伝達が、実際の細胞同様に伝わることが確認されたのです。
この人工細胞はとても頑丈です。冷凍保存で2年間、無傷で保管できます。研究の次の目標は、人工細胞を成長し、増殖するものにすることです。
人工細胞を作り、細胞間のコミュニケーションを成功させた今回の研究。合成生物学の進歩に大きな一歩をもたらしました。人工細胞はまだ黎明期ではありますが、研究が進むと、将来的には人工的に生物さえも創造するようになるのでしょうか?将来、生命の新たな形として人工生命というものが生まれるかもしれませんね。
参考記事: Science
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