遺伝子編集CRISPRによる遺伝子治療の臨床試験が始まる

CRISPR/Cas9 サイエンスニュース

遺伝子治療への有用性が注目されているCRISPRによる遺伝子編集を用いた、人への臨床試験が初めて行われました

2012年に開発されてから、長らく6000種類もの遺伝病への治療法として注目されてきた遺伝子編集技術CRISPR/Cas9ですが、やっと臨床試験にまでこぎつけました

最初に行われた臨床試験では、ガン治療と血液病の治療のためにCRISPRが使われています。これらの試験において、研究者は患者の細胞を取り出して遺伝子の編集を行い、それを患者の体内に戻すという方法が使われています。体内に戻った細胞が正常な遺伝子の働きや、付加的な機能をもたらすことで症状の改善が期待されています。

また、研究者たちは取り出した細胞ではなく、患者の体内で直接CRISPRを働かせられないかを試験する予定です。遺伝病で目の見えない患者の目に直接、CRISPR/Cas9を注射して遺伝子編集が行われます

これらの試験が成功した暁には、デュシェンヌ型筋ジストロフィーや嚢胞性線維症といった数々の他の遺伝病への臨床試験が始まることになるでしょう。

遺伝子編集による治療法は期待していいの?

しかし、CRISPR/Cas9への期待が単なる誇大広告として終わるのでは無いかという疑問もあります。これまでも、大きく期待された技術が期待はずれに終わることもありました。例えば、幹細胞の移植により麻痺したラットを歩けるようにしたのですが、人間では機能しませんでした。

従来の遺伝子治療では、正常な遺伝子を挿入したり、病気を引き起こしている遺伝子を妨げる遺伝子を挿入するなどの方法がとられていましたが、重大な副作用をもたらすことがありました。免疫異常を治療していた子供の何人かでは、ガンが発生しました。視力回復の治療は一時的な効果はありましたが、病気の進行を抑えることはできませんでした。もっとひどいものだと、亡くなった患者さえいます。

CRISPRの発展に泥を塗ったのが、2018年に中国の研究者が禁を破って行った、遺伝子編集して産ませた双子の女の子の作成です。これには倫理的に大きな問題がありました。しかし、現在行われている臨床試験にはこういった倫理的な問題はありません。遺伝子編集は成人や子供を対象に行われる上、子孫へと遺伝しない方法が用いられるからです。

CRISPR/Cas9って何?

CRISPR/Cas9はもともと細菌の持っている防御機構として見つかりました。CRISPRと呼ばれるRNAの配列で、任意の遺伝子配列を正確に特定し、Cas9と呼ばれる酵素でその配列を切断します。狙った場所を生体内で切断できることから、生物学や医学研究におけるブレークスルーをもたらしました。新しい遺伝子治療のツールとしても大いに期待されています。

ただ、正確に遺伝子配列を特定するとはいえ、誤りがおきることもあります。それが、オフターゲット作用と呼ばれている欠点です。意図しない切断が起こりうることから問題とされています。しかし、従来の遺伝子治療にない正確さを持っていることは事実であり、治療をもたらす大きな力を持っているのは間違いありません。また、狙った細胞だけにCRISPRを届ける方法もこれから見つけなければならないでしょう。

体外で遺伝子編集する方法の臨床試験

鎌形赤血球症

Photo credit: Viv Caruna on Visual Hunt / CC BY

ガンや血液異常の治療においては、届けることは問題ではありません。患者の体内にCRISPR/Cas9を注入する必要が無いからです。代わりに、血液を作る細胞を患者から取り出し、体外で遺伝子編集を行って、異常がないかをチェックしてから、体内に戻します

ペンシルバニア大学では、ガンにかかった2人の患者に対して、CRISPR/Cas9を用いた治療を施しています。一人は多発性骨髄腫で一人は肉腫です。現在進行中の臨床試験では、患者のT細胞と呼ばれる免疫細胞にCRISPRによる編集が行われ、がん細胞を攻撃するようにさせます。

血液の異常では、鎌形赤血球症とベータサラセミアの患者に対して臨床試験が行われています。いずれも、ヘモグロビンと呼ばれる赤血球中にある酸素を運ぶタンパク質に異常が見られるものです。治療では異常のあるヘモグロビンを操作するのではなく、胎児の段階にだけ作られる種類のヘモグロビンを出産後にも作らせるようにすることで行います。研究はバーテックス・ファーマシューティカルズの研究者によって行われています。研究の結果はまだ発表されていません。

体内にCRISPRを注入する方法での臨床試験

遺伝病の多くは、全身や取り出して編集することのできない臓器で起きます。今の所、人間の体内でCRISPRが働くのかどうかはわかっていません。遺伝性の盲目症であるレーバー先天性黒内症への、CRISPRを使った遺伝子治療がその答えをもたらすかもしれません。この病気ではCEP290という遺伝子に変異が起き、結果として光を受容する桿体細胞が死んでしまい、光受容細胞が再生できません。そのため盲目になってしまうのです。

同じレーバー先天性黒内症でRPE65遺伝子変異で起こるものについては、2017年に従来の遺伝子治療が認可されています。しかし、CEP290遺伝子はサイズが大きすぎてベクターで運ぶことができず、従来の遺伝子治療ができなかったのです。

今年の7月にバイオ企業エディタス・メディスンとアラガンが、遺伝子編集を使った臨床試験の参加者を募りました。最初の治験では、少量のCRISPRが網膜の下に注入されました。安全性を確かめるためです。少量で視力が回復するかは明らかではありませんが、安全性が確かめられれば、以降の参加者にはもっと多量のCRISPRが注入されるでしょう。

10%の視細胞で遺伝子編集が成功すれば視力が回復すると見られています。動物実験では、マウスで60%の細胞が、猿で28%の細胞が編集されています。

遺伝病治療へ、歩みは止まらない

もし今回の臨床試験がうまく行かなくても、研究者たちは諦めないでしょう。遺伝子編集の技術は確かなものであり、うまく行かない未知の原因を突き止めることも研究を続けていれば可能となるからです。

従来の遺伝子治療も、有効な病気を突き止めることで、大きな成功を収めています。アメリカでは遺伝病である脊髄性筋萎縮症の子供への遺伝子治療が5月に認可されました。SMN1と呼ばれる遺伝子に変異が入ることで起こる病気で、運動神経が維持できなくなり適切な機能が失われます。呼吸器の運動能力が失われることで、死んでしまう子供は多いです。8月に、FDAは動物実験のデータに不備があったことを警告していますが、人への治療がうまく機能していることから、治療そのものは禁止していません。

CRISPR/Cas9による遺伝子編集技術は、従来の遺伝子治療に使われている遺伝子導入技術よりも洗練された技術です。治療への応用が成功すれば、従来の方法よりも幅広く使われることになると思われます。遺伝子への変異で病気が起こることはずっと前からわかっており、原理的にはその変異を修復できれば治るのは自明だったのです。人類は病気と戦う新しい武器を手にしています。それをうまく使いこなすことができれば、多くの悲劇を救うことができるはずです。

参考記事: Science News

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