記憶はどこに保存されてるの?シナプスの形成や消失の観察に成功!

神経 医学

脳であれ、コンピューター内部のRAMであれ、すべての記憶装置は何らかの物理的な性質を変化させることで記憶を保管しています。130年以上前、神経科学の先駆者、サンチャゴ・ラモン・イ・カハルによって初めて、脳は情報をシナプスと呼ばれる神経の間にある部位を組み換えることによって行われていることが提唱されました。

それ以来、科学者たちは記憶の形成に関わる物理的な変化を解明しようとしてきました。しかし、シナプスの可視化とそのマッピングは、難問でした。その理由の一つが、シナプスが非常に小さく、互いが密になっていることです。シナプスは臨床で通常使われているMRIで見ることのできる最も小さい物体のおよそ100億分の1の大きさです。そのうえ、研究者たちが脳の機能の研究によく使っているマウスでもおよそ10億ものシナプスがあり、その色は不透明から半透明で、取り囲む周りの組織と同じ色をしています。

しかし、新たな研究で開発された方法を使えば、記憶が形成される間のシナプスのマップが作れます。論文の著者らは、新しい記憶が形成される過程で、どの様に脳細胞の接続が変化するのかを明らかにしました。ある領域では接続が増えて、違う領域では減っていたのです。

魚での新しい記憶のマッピング

魚

Photo by Olga Tsai on Unsplash

これまで、研究者たちは神経が発する電気信号の記録に焦点を当てていました。そういった研究では、記憶が形成されると特定の刺激に反応して神経が変化していることは確認できましたが、そういった変化が何によってもたらされているのかは、特定できませんでした。

新たな研究では、新しい記憶が形成された際、どの様に脳に物理的な変化が起きるのかを調べるために、記憶形成の前と後でのゼブラフィッシュのシナプスの3Dマップが作られました。ゼブラフィッシュが対象として選ばれたのは、人間のように機能するだけの十分な大きさの脳があると同時に、小さくて透明であるため生きた脳を観察できる条件が整っているからです。

魚に新しい記憶の形成をうながすため、古典的条件づけと呼ばれる記憶形成の型を用いました。この方法では、動物に2つの違ったタイプの刺激を同時に与えます。一つは中立な刺激で、反応を促しませんが、もう一つは不快なもので、動物はそれを避けようと試みます。これらの刺激が対になって、十分な回数与えられると、その動物は中立な刺激に対して、まるで不快な刺激が与えられたかのように反応します。つまり、2つの記憶が結びついた連想記憶が形成されるのです。

実験では、不快な刺激は、魚の頭に赤外線レーザーを当てて穏やかに温めることです。魚が尾びれを翻せば、それを回避行動としてとらえられました。中立な刺激である光にさらされたときに、尾びれを翻せば、それは以前不快な刺激を受けたときのことを思い出したことを意味します。

マップを作るため、シナプスに結合して光を発することでシナプスが見えるようなタンパク質が組み込まれた遺伝的に操作されたゼブラフィッシュが用いられました。画像を得るために蛍光を使う標準的な顕微鏡装置よりも、ずっと弱いレーザーを使った特別仕様の顕微鏡が、この研究では使われています。この顕微鏡を使えば神経へのダメージを減らせるので、神経の構造や機能を損なうことなく画像を得ることができるのです。

記憶の形成前と後で、シナプス分布の3Dマップを比較すると、前外側背側脳外套と呼ばれるひとつの脳領域にある複数神経に新たなシナプスが形成されており、一方、前内側背側脳外套と呼ばれる2つ目の脳領域では、シナプスの消失しているのが見つかりました。つまり、新たな神経対がペアになり、他では神経対での接続が破壊されていたのです。先行実験では、魚の背側脳外套は哺乳類における恐怖を記憶している扁桃体の類似器官であることが示唆されています。

驚いたことに、記憶形成で起こる既存の接続の増強における変化は、新しい記憶を形成していない対照となる魚における変化とは、小さな違いで見分けられませんでした。つまり、連想記憶の形成は、シナプスの形成や消失が関係しており、今まで考えられていた既存のシナプスの強化は必要ではないということです。

シナプスを消去すれば記憶も消える?

脳細胞の機能を観察できるこの新しい方法は、記憶が実際どのように働いているのかを深く理解することに寄与するだけでなく、PTSDや依存症のような精神神経医学的症状の治療への応用も期待できます。

連想記憶は、昨日の昼食が何だったかといった、他のタイプの記憶よりもずっと強力である場合が多いです。さらに、連想記憶は古典的条件づけによって誘発され、PTSDのようなトラウマ記憶と同等であると考えられています。そこでは、トラウマを経験したのと同時に経験した無害な刺激に似た刺激が、痛ましい記憶を蘇らせるきっかけになりえます。例えば、明るい光や大きな音は、戦闘の記憶を蘇らせることがあります。研究では、シナプス接続が記憶において働いている可能性が示されましたが、どうして連想記憶が長く続くことがあり、他のタイプの記憶よりも生き生きと思い出されるのかといったことも、説明できるかもしれません。

現在、PTSDの治療でもっとお一般的に行われているのが、曝露療法です。これは、刺激を引き起こす無害な刺激に患者を繰り返しさらすことで、トラウマの発作が呼び起こされるのを抑制するというものです。理論的には、これにより間接的に脳のシナプスを組み替えて記憶をより痛みの少ないものにできます。暴露療法は成功例も繰り返し出てきていますが、再発も多く出る傾向にあります。つまり、トラウマ反応を引き起こす記憶は根絶されていないことが示唆されるのです。

シナプスの形成や消失が実際に記憶の形成を促すのかどうかはまだ不明です。研究室では、神経に損傷を負わせずに、素早く正確にシナプスを消滅させる技術も開発しています。今後、似たような方法を使って、ゼブラフィッシュやマウスのシナプスを消去して、連想記憶が変化するのかどうかを確かめる計画になっています。

PTSDや依存症のようなひどい症状の原因となっている連想記憶をこの方法を使って物理的に消滅できる可能性があります。しかしこのような治療を考慮する前に、連想記憶を記述するシナプスの変化をもっと正確に調べる必要があるでしょう。また、倫理的に重大な問題があることも明確ですし、取り組むのに必要な技術的な問題もあります。そうはいっても、シナプス手術が悪い記憶を取り除いてくれるような未来を想像しないわけには行かないでしょう。

参考記事: The Conversation

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