神経の再生能力は老化とともに失われていきますが、遺伝子操作で神経細胞を若返らせることによって、失われた再生能力が回復することがわかりました
老化によって私達の体内の細胞や臓器は衰えていきます。
脳もまたその運命から逃れられません。
発達中の脳は変化に対する適応力や、損傷に対する再生能力を有していますが、歳を取るとともにその能力は失われていきます。
しかし、こういった劣化が起こる分子的なメカニズムは未だに謎とされていました。
しかし、「Nature」で発表された研究で、目の神経を若い状態へと巻き戻し、再生能力を復活できることがわかりました。
この発見から、老化のメカニズムの手がかりが得られただけでなく、老化による神経性の病気治療の方向性が見えてきました。
遺伝子導入で細胞を若返らせる
網膜神経節細胞(RGCs)は、目の神経ですが脳の細胞として分類され、軸索の束を脳の視野を司る部位にまで伸ばしています。
RGCは若い発生段階では損傷に対しての再生能力を持っていて、個体が成熟するとその能力を失います。
この再生能力は、RGC細胞自身が持っている能力であり、周りの環境によって与えられるものではないことがこれまでの研究でわかっています。
今回の研究を行ったグループは、RGC細胞を若返らせることができるのか、できたとして再生能力がもどるのかどうかというテーマで実験を行いました。
実験では、マウスの体内のRGC細胞へのウイルスを使った遺伝子導入を行って、細胞の若返りを試みました。
導入した遺伝子は、iPS細胞で有名な4つの山中因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)のうち、c-Mycをのぞいた3つで、頭文字をとってOSKと呼ばれています。
iPS細胞は万能細胞と呼ばれる通り、何にでもなれる細胞であり若い細胞と言え、山中因子を分化が進んだ歳をとった体細胞に入れることで作ることができます。
こういった実験は、たいてい個体に悪影響を及ぼす結果になりがちです。
というのも、細胞が分化した特性を失って癌化したり個体が死んでしまうことが多いからです。
しかし、今回の実験では因子を3つにすることでこの悪影響を迂回できることがわかりました。
再生能力がよみがえり、視力も回復
そこで、OSKの発現によって軸索の再生能力が獲得されているのか、調べてみました。
すると、RGC細胞は細胞としての特性を失ったり癌化することなく、途中で潰された軸索を再生することができました。
OSKの導入は年老いたマウスにも行われ、同じように再生することが確認されています。
通常RGC細胞の再生実験は、神経索を潰す前に遺伝子導入を行うものですが、今回は潰した後での遺伝子導入も行っています。
そして、それでもRGC細胞の生存と軸索の再生での改善が見られました。
これは、事後的に処置を行っても再生が可能であり、治療的にも使える可能性を示唆しています。
また、OSK導入の改善効果は、視力を失った緑内障マウスにも現れました。
さらに、実験で視力を失ったマウスはOSK導入によりすべて視力を取り戻しています。
メチル化の老化指標が巻き戻る
では、そもそもRGC細胞が若い時に持っていた再生能力を失うのはなぜでしょう。
それは、細胞が老化することでDNAのメチル化などが起きて、再生に必要な遺伝子発現のパターンが変化してしまうためだと考えられます。
老化の指標として、リボソームDNAのメチル化度があります。
リボソームはタンパク質を合成する細胞内小器官です。
リボソームDNAのメチル化の度合いを測ることで細胞の年齢がわかります。
実験で、RGC細胞の軸索がダメージを受けると、メチル化の度合いが進むことがわかりました。
また、OSKを導入しているとこのメチル化の進行が抑制されます。
つまり、組織が損傷を受けるとメチル化による老化が促進されるようなのです。
そこで、OSK導入による再生に、メチル化の除去が必要かどうかを調べた結果、必要であることがわかりました。
つまり、OSKの導入によってメチル化パターンが若返り、軸索の再生や視力の回復がおこったのです。
ヒトでも同じ効果がある可能性
これまでの実験はマウスを使ったもので、人間でも同じ効果はあるのでしょうか?
研究グループはヒトの細胞を使った実験室での実験も行っており、軸索の再生や細胞の生存率の増加を確認しています。
また、RGC細胞は脳細胞の一部であることから、脳の損傷もOSKの導入で回復させることができるかもしれません。
今回の研究は、老化による視力低下の回復への道筋を開くだけでなく、他の老化による病気の治療への応用にも期待をもたせるものです。
また、老化そのもののメカニズムを明らかにする重要な発見だと言えるでしょう。
将来的には老化は治療できる病気として扱われるようになるかもしれませんね。
参考記事: Nature
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