がん治療として行われる化学療法は、副作用が激しいため患者に苦痛を強います。これは、抗がん剤が標的となるがん細胞以外にも働いて細胞分裂を妨げるからです。もし、がん細胞にだけ薬を届けることができれば、副作用はなくなり、効果も高まるでしょう。
MITの設計した極小ロボットは、それを可能にする能力があります。薬剤を含んだ粒子を血流から押し出して血管の外にあるがん細胞やその他の病気にかかった細胞へと届けることができるのです。まるで「ミクロの決死圏」で血流に乗って患部へと向かった潜水艦のように、このロボットは血流を泳いで、流れを作り薬剤粒子を流れに乗せる事ができます。
この極小ロボットは磁場を利用して泳ぎますが、その仕組みは、細菌が持つ推進システムに着想を得ています。薬剤のナノ粒子を患部に届ける最終ステップである、血管から外へ流出させ患部へ蓄積させることを可能にするのです。研究は、「Science Advance」で発表されています。
また、同じ研究で、磁力を利用する自然の細菌の群れを使って同じ効果が生み出せることも示されています。
極小ロボット
研究を主導した現在、チューリッヒ工科大学(ETH)助教授のシモーヌ・シュールレは、院生時代から極小磁気ロボットの研究をしていました。ポスドクでMITに来てからは、このロボットを使って薬剤ナノ粒子を効率的に輸送出来ないか、研究しました。
通常、がんの周りには破れた血管があるため、その性質が利用されていました。粒子を標的組織に届けやすくなっているのです。しかし、その効率は要求される水準には達していませんでした。
MITのチームは、磁気ロボットによって生み出された力が、粒子を血流から押し出して患部に届けるための良い方法になるのではないかと考えました。
シュールレの使ったロボットは、1mmの3500分の1という大きさで、細胞1つ分の大きさです。そして、外部からの磁場によってコントロールすることが出来ます。このロボットを研究者たちは「人工細菌鞭毛」と呼んでいて、小さな螺旋形をしています。まるで多くの細菌が移動するために使う鞭毛のようです。高解像度3Dプリンターで形成され、ニッケルでコーティングされることで磁力を帯びています。
ロボットがナノパーティクルを輸送する能力を確かめるために、人工的な血管環境を作っての実験が行われています。マイクロ流体系は、がん細胞で囲まれた血管を模しています。流路は20-200ミクロンの幅があり、穴の空いたゲルが並んでいてガンのそばの破れた血管の代わりをします。
外部の磁石を使って、ロボットに磁場を与えると螺旋が回転して泳ぎ出します。通路の流体の流れとは反対方向へ泳ぐため、ロボットはその場に留まり対流を生み出すのです。その流れによって、200ナノメートルのポリスチレン製の粒子は、仮想組織の方へと押し出されました。その結果、磁力ロボットを使わなかった場合に比べて、ナノ粒子は2倍も深く組織内に侵入していました。
Credit: Schuerle et al., Sci. Adv. 2019;5: eaav4803
磁性細菌の利用
また、ロボットの代わりに自然の磁性細菌を使って同様のアプローチを試みています。MITの教授サンギータ・バティアは、抗がん剤を届けたり、がんの診断に使える細菌を作っていました。
今回の研究では、マグネトスピリルム・マグネティシウムと呼ばれる酸化鉄の鎖を自然に作ることのできる細菌が使われました。マグネトソームと呼ばれるその磁性粒子は、細菌が自分の位置を知り、好みの環境を見つける助けとなっています。
マイクロ流体装置にこの細菌を入れ、回転する磁場を適用してやると、細菌たちは同調して回転し始め同じ方向へと動きました。近くにあったナノ粒子はそれによって押し出されます。この場合、磁場が適用されなかった場合に比べて、3倍速くナノ粒子は仮想組織へと移動しました。
今回の研究で使われたナノ粒子の大きさは、CRISPRゲノム編集系に必要な成分を格納できるほどの大きさがあります。今後は、動物による実験によって、これらの磁場でコントロールできる薬剤輸送系が機能するかを確かめる予定だそうです。
極小ロボットや磁性細菌を使って、外部から磁場を与えることで血液に方向性を持つ対流を生み出せるというのが、今回の技術です。病巣がわかっておりそこに薬剤を集中させる必要がある時に使えるでしょう。将来、ナノロボットの輸送などにも使えるかもしれません。今後楽しみた技術です。
参考記事: Phys.Org
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