その本質からしてダークマター(暗黒物質)は見えません。望遠鏡でも見えませんし、素粒子物理学者たちが懸命に探しているにもかかわらず、実験で見つかってはいません。
では、どうして頭のいい天文学者や物理学者たちは、宇宙の質量の多くが星や惑星、世界に存在して私たちの見ることのできる通常の物質ではなく、ダークマターが占めているなどと信じているのでしょうか?
それに答えるためには、ダークマターに何ができて何ができないのかを深く理解し、宇宙のどこにそれが有るのかを知り、「暗黒」というものがパズルのほんの始まりに過ぎないことに気づく必要があります。
見えない影響
ダークマターの話はまず、速度と重力の話から始まります。宇宙全体を見渡すと、物質は重力に従って軌道運動しています。地球は太陽の周りの軌道を回っていますし、太陽は銀河の中心の周りをまわっているといった具合です。
天体が軌道を回り続けるのに必要な速度は、質量と距離からなる関数で導かれます。例えば、わたしたちの太陽系で言えば、地球は秒速30㎞で動いていますが、一番遠くにある惑星は秒速数㎞でゆっくり動いています。遠ざかると重力の影響が小さくなるので、遅いスピードでの遠心力と釣り合うのですね。
わたしたちの銀河は驚くほど巨大で、太陽は銀河の中心から26700光年も離れていますが秒速230㎞でその軌道を動いています。中心からものすごく離れているにも関わらず、すごいスピードです。このように、銀河の中心からより離れた場所を動いていていっても、軌道を回る星たちの速度はほぼ一定を保っているのですが、いったいなぜでしょう?
太陽がその質量のほとんどである太陽系とは違って、銀河系の質量は何千光年もの距離に広がっています。銀河の中心から遠ざかるにつれて、その半径内に含まれる星やガスの量は増えていきます。重力はこの半径内に含まれる物質の総量で決まるのです。この追加されていく質量の増加は、銀河の遠い場所をものすごいスピードで回っている星の速度を説明できるのでしょうか?実は、それでは足りません。
1960年代、最先端の研究をしていたアメリカの天文学者ヴェラ・ルービンが天の川銀河の側にあるアンドロメダ銀河の中心から7万光年の回転速度を測定しました。驚いたことに、この距離だとアンドロメダ銀河の星やガスの塊からずっと離れた場所であるにもかかわらず、軌道回転速度はおよそ秒速250㎞のままでした。物質が多く存在するところから離れていれば、距離が離れた分の質量の追加がありませんから、釣り合う軌道運動速度は減速するはずです。
この現象は個々の銀河特有のものというわけではありません。1930年代にさかのぼると、スイス系アメリカ人の天文学者フリッツ・ツヴィッキーは、銀河団内部を軌道運動している銀河が、予測されるものよりもずっと早く動いていることを発見しています。
何が起こっているのでしょうか?一つの可能性が、大量の目に見えない質量が星やガスの間に広がっているというものです。これこそがダークマターです。
実際、ツヴィッキーやルービン、続く世代の天文学者たちの研究で、通常の物質よりもダークマターの方が宇宙にはより多く存在していることが示されています。
驚くべきことに、ダークマターを見たり検出できないことそのものが、それがどのようにふるまうかについての手がかりを与えてくれます。それは、それ自身や通常物質とは、ほとんど相互作用せず、重力による影響でしか干渉しません。そうでなければ、光の放射やほかの素粒子との相互作用ですでに発見されているでしょう。
ダークマターは重力によってでしか相互作用しないということで、いくつかの興味深い性質を持つことになります。宇宙の熱い気体の雲は、光を放つことでエネルギーを失い、冷えていきます。ある程度大きな冷たい気体の雲は、その重みで崩壊して星を形成することができます。
一方、ダークマターは光を放射することでエネルギーを失うということがありません。そのため、通常物質が恒星や惑星といった密度の高い天体へと崩壊する一方で、ダークマターは拡散した状態であり続けます。
このことは明らかな矛盾を説明しています。ダークマターが宇宙全体の質量を満たしているのに、太陽系にはそれがあまり存在していないという矛盾です。
シミュレーションによる成功
ダークマターの動きは重力だけによって支配されるので、分析的にモデル化したりシミュレーションするのは比較的簡単でもあります。
1970年代から、ダークマターによる構造物の数が公式化されていて、それによって偶然にも巨大な銀河や銀河団の数も予想されています。そのうえ、シミュレーションによって、宇宙の歴史を通して構造体が形成される様もモデル化できます。ダークマターのパラダイムにはデータのこじつけはありませんので、予測力が高いのです。
ダークマターに取って代わるものというのはあるのでしょうか?存在の予測に重力を使っていますが、もし、重力に対する私たちの理解の方が間違っていたらどうでしょう?もしかしたら重力は、遠く離れた場合私たちが思っているよりも強く働くかもしれません。
いくつかの代替となる重力理論は存在していて、モルデハイ・ミルグロムの修正ニュートン力学(MoND)はよく知られた一例です。
どうやればダークマターと修正された重力理論を区別できるのでしょう?多くの理論では重力は質量へと引っ張られます。このように、もしダークマターがなかったら、重力は通常物質に引っ張られることになり、一方、ダークマターがあふれていれば、重力はダークマターに引っ張られることになります。
なので、どっちの理論が正しいか、言い当てるのは簡単そうですよね?しかし、そうとは言えなくて、というのも、ダークマターと通常物質は大まかには同じようにそれぞれの周りにあるからです。しかし、いくつかの有用な例外もあります。
ガス状の雲とダークマターが同時に衝突すると素晴らしいことが起きます。ガスが衝突すると一つになって雲を形成しますが、ダークマターの粒子は重力の影響に応じて動き続けます。これは、銀河団同士がものすごい速度で衝突したときに起こります。
どうやって衝突する銀河団の重力を測ったのでしょう?重力は質量を引っ張るだけではなく光をも曲げます。なので、ゆがんだ銀河の画像から重力の軌跡を見ることができるのです。そして、衝突する銀河団では、重力による引力はダークマターが存在すると予想される場所の方にあって、通常物質の見える場所ではありませんでした。
時間のさざ波
わたしたちはダークマターの影響を現在に見るだけでなく、ビックバンにまでさかのぼる遠い過去にも見ることができます。
宇宙マイクロ波背景放射は、ビッグバンに続いて起こった光であり、すべての方向から見ることができます。そして、この火の玉の中に、イオン化したガスを通じて走った音波の結果生じたさざ波を見ることができます。
これらの音波は、初期宇宙の重力、圧力、温度の相互座用によって生じています。ダークマターは重力だけに働き、通常物質とは違って圧力や温度には反応しないので、音波の強さは通常物質とダークマターの比率によって変わります。
予想通り、人工衛星や地上の天文台によってはかられたこのさざ波が示したのは、わたしたちの宇宙にはダークマターの方が通常物質よりも多いということでした。
では、この問題はもう終わり?ダークマターが答えということでしょうか?多くの天文学者は、ダークマターが、わたしたちが宇宙で観察した多くの現象を説明する最も単純で最適な答えであると言うでしょう。ただ、最も単純なダークマターモデルにも、小型衛星銀河の数といった問題もあります。しかし、これらはモデルの欠陥というよりも面白い問題とでもいうべきものでしょう。
状況証拠から考えると、ダークマターは存在していなければなりません。多くの天文学者たちが存在を信じているのも納得です。しかし、事実としてまだダークマターと考えられる素粒子は直接検出されてはいません。本当にダークマターは存在するのでしょうか?とはいえ、新しい素粒子の発見には時間がかかるものです。発見したらノーベル賞も間違いなく、各研究機関がしのぎを削っています。今後、ダークマターが検出されたというニュースが聞ける日は来るのでしょうか?
参考記事:The Conversation
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