ヒトのエストロゲン受容体を持つ乳がんとその骨、脳、肝臓、肺への転移をモデル化したマウスにおいて、新たな治療法は95−100%のがんを消滅させました。それに使われたErSOと呼ばれる新たに開発された薬は、肺の腫瘍も見えない大きさにまで短時間で縮めます。
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の科学者たちのチームは、この発見を「Science Translational Medicine」で発表しています。
「数個の乳がん細胞が生き残った場合、数ヶ月で腫瘍の再発が見られることがありますが、再発した腫瘍にもErSOによる治療は完全に有効です」と、イリノイ大学の化学教授ポール・ハーゲンロザーとともに研究を率いた、生化学教授デビッド・シャピロは述べています。「ErSOが肺や骨、肝臓に転移したがんを素早く殺し、脳への転移した腫瘍も驚くほど小さくできたことは特筆すべきです。というのも体中に転移したがんが、乳がんによる死亡原因の多くを占めるからです。」
ErSOの効果は、エストロゲン受容体と呼ばれる、乳がんに高い割合で現れるタンパク質に依存しています。ErSOがエストロゲン受容体に結合すると、がん細胞が急速に増えるための準備をし、ストレスから守る細胞内シグナル系の働きが増加します。この伝達系は予期小胞体ストレス応答(a-UPR)と呼ばれていて、細胞が傷つくのを妨げるタンパク質の生産に拍車をかけます。
「多くの乳がん細胞では、このa-URPは常時オンになっていますが、低いレベルで動いています。この伝達系が抗がん剤による細胞死からがん細胞を守っていることがわかりました」
シャピロ教授と医学者ニール・アンドルスカさんが、最初にaーUPR伝達系を発見したのは2014年で、このa-UPR経路を過剰反応させてエストロゲン受容体を持つがん細胞を選択的に殺せる化学物質を開発したことを発表しています。
「がん細胞ではこの伝達系は常にオンになっているため、過剰反応させてがん細胞を死亡モードにすることは簡単です」と大学院生で論文の筆頭著者のダージャン・ヂュラキさんは述べています。
最初に開発された化学物質は、乳がん細胞の成長を妨げますが、急速に殺すわけではなく、好ましくない副作用も持っていました。新たな研究で、シャピロ教授とハーゲンロザー教授は協力してa-UPRを標的としたより有用な小分子の探索を行っています。彼らの解析はErSOの発見に繋がり、さらなる試験によって、この小分子が強力な抗癌作用をもち、マウスでは目に見える副作用がないことがわかりました。
「このa-UPRはエストロゲン受容体に依存しています。この化学物質の特徴は、エストロゲン受容体を持たない細胞には関与せず、また、エストロゲン受容体の有無に関わらず健康な細胞にも影響しません。しかし、エストロゲン受容体を持つがん細胞に対してはとても有効なのです」とハーゲンロザー教授は述べています。
ErSOは、一般に使われているエストロゲン受容体を持つがん治療薬とは全く似ていませんと、シャピロ教授。
「これは治療のためにエストロゲンシグナル伝達を阻害する、タモキシフェンやフルベストラントの別の形態ではありません」エストロゲン受容体という同じ受容体に結合するのは一緒ですが、エストロゲン受容体の別の部位を標的としており、がん細胞ではすでにオンになっている防衛的な細胞内経路を攻撃します。
「乳がんの約75%がエストロゲン受容体を持つので、ErSOは多くの形態の乳がんに対して可能性を持っています。ErSOが乳がんを標的とする際に必要なエストロゲン受容体の量は非常に少なく、そのため、これまではエストロゲン受容体ポジティブとは考えられていなかった乳がんに対しても有効かもしれません」
マウスでのさらなる研究で、この薬への暴露での生殖系の発育には悪影響はありませんでした。また、治療に必要な量よりも大量に与えた場合でも、マウスやラット、犬において悪影響が見られないことがわかりました。
ErSOの作用には即効性があり、マウス体内でのヒト由来の進行乳がんに対しても効果があったと報告されています。ErSO投与の1週間以内に、マウスの中のヒト由来の進行乳がんは検出できないほどに縮小するのです。
「多くの乳がんはほんの3日間で、1%以下にまで縮小します。ErSOは即効性があり、マウス内の乳がんに対する効果は大きく劇的です」とシャピロ教授は言います。
製薬会社のバイエルはこの新薬の特許を持っており、エストロゲン受容体を持つ乳がんを標的とした臨床試験でのさらなる研究で、その能力を探求する事になっていると、研究者たちは述べています。研究者たちは次に、エストロゲン受容体を持つ他の種類のがんに対してもErSOが効果を持つのか調べることになるでしょう。
参考記事: MedicalXpress
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